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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)29号 判決 1952年6月13日

控訴人 被告人 三浦貞治 外二名

検察官 神野栄一

検察官 宮崎与清関与

主文

原判決中被告人三浦貞治及び笠島希代枝に関する部分を破棄する。

被告人三浦貞治を懲役拾月に処する。

被告人笠島希代枝を罰金参千円に処する。

但し被告人三浦貞治の右懲役刑の執行を二年間猶予する。

笠島希代枝において右罰金不完納のときは金弐百円を壱日に換算した期間同人を労役場に留置する。

被告人斎藤すゞ子の控訴並に検察官の同人に対する控訴はそれぞれ之を棄却する。

弁護人荒谷昇に支給した訴訟費用は被告人三浦貞治同笠島希代枝の平等負担とする。

理由

被告人等三名に対する検察官の控訴論旨は福井地方検察庁武生支部検察官検事神野栄一提出の昭和二十七年三月六日付控訴趣意書被告人斎藤すゞ子の弁護人高田利広外二名の控訴論旨は同弁護人ら連名の昭和二十七年三月十日付控訴趣意書並に神保泰一弁護人の右同日付第二控訴趣意書、被告人三浦貞治及び笠島希代枝の弁護人米沢庄次郎の答弁要旨は同被告人等国選弁護人荒谷昇の昭和二十七年三月十三日付答弁書にそれぞれ記載する通りであるからこれを引用する。

検察官の控訴論旨

第一点について、

原判決は本件公訴事実中被告人三浦に対する薬事法第三十五条違反の訴因に対し「国立鯖江病院での製剤又は調剤は薬剤科長である厚生技官薬剤師竹越忠守の指揮監督の下に行われるもので、それに対する一切の責任は同人にあつて被告人三浦貞治はその部下の一職員としてその指揮命令を受けて忠実に薬剤科の担当職務につき補助行為をする職責があるもので勿論部下として上司に対し職務上に関し意見を具申するのは善良誠実な国家公務員として当然尽すべき責務があるものと云うべきであるが、同病院薬剤科では従来から劇薬の取扱についてはただ其の格納場所を普通薬等と区分するだけでその容器に貼布する標示紙については薬事法に定める区別をせず、それを漫然慣行していたものである。よつて劇薬に薬事法所定の標示紙を貼布しなかつたこと即ち被告人三浦貞治が昭和二十六年八月一日製剤した劇薬ヌペルカイン溶液の容器コルペンに赤枠赤字で品名と「劇」の字を記載しなかつたことは同病院薬剤科長竹越忠守の指揮監督の下に従来からの慣行によつたまでのことでその責任は部下職員である被告人三浦が負うべきものといえず同被告人の過失として責むべきものでない。しかし被告人三浦としては薬剤科勤務の一薬剤師たる技官として右悪慣行を改善するため適宜意見を上申しその実現されるよう努力するの誠実さに欠けていた遺憾の点はあるがそれはまた別の問題である」旨論じ右の訴因につき被告人三浦の無罪を判定したものである。しかし被告人が国立鯖江病院薬剤科勤務の厚生技官として科長竹越忠守の職制上の指揮監督を受けることと、其の薬剤師としての職務執行に当り薬事法の規定を遵守すべき義務を有することとの間に明確な区別が存するのであり上命下従は法の認める範囲内においてのみ許され、法上の義務ないし刑罰法規に反してまで認めらるべきでないことは勿論である。故に右病院薬剤科において右原判示のような薬事法違反の慣行があり、同慣行は薬剤科長竹越忠守の指揮監督に出たものとしても被告人は斯る慣行に随従する義務なく却つて薬剤師として薬事法所定の義務を遵守する独自の責務を負担することは極めて明白である。まして原判決がその判断の資料に供している挙示の証拠によるも薬剤科長竹越忠守が積極的行為をもつて右薬事法違反の所為を指揮した証拠はなく単に同人には同違反の慣行を消極的に黙認した職務懈怠の責任を認めうるに過ぎないのであるから同人の同職務懈怠行為は単に被告人の薬事法違反の具体的行為との間に犯意共通の共犯関係を生ぜしめるかどうかの問題を提出するに止まり、被告人について成立する刑事責任自体には何らの消長を来すものでないことはいよいよ明白であるといわなければならない。もつとも検察官は証人中山俊二の原審公廷における供述の一齣を援用して同病院に赤枠赤字の劇薬用標示紙の用意があつたことを主張し被告人のこれが不使用を難詰するけれども、右中山証人の証言は必ずしも明確断定的な表現を取るものでないのみならず記録に現われている被告人の供述は凡てこれを否定し他にこれを肯定する資料がないので右被告人らの職務上の不法慣行と照らし合せ考えれば所論のような標示紙の準備はなかつたものと見る外はないのであるが、さればといつて薬事法第三十五条第二項は「劇薬の標示には白地に赤枠、赤字をもつてその品名及「劇」の字を記載しなければならない。」と規定するのみで印刷その他特定型式の用紙を用うることを要求するものではないから被告人において劇薬の標示を為すに当り右規定の趣旨を遵守する意思さえあるならば任意の白地用紙に一挙手の労をもつて右要件を手記し得る筈であつたことが強調されなければならない。故に原判決が前掲記の如く「被告人三浦としては薬剤科勤務の技官として右悪慣行を改善する為め適宜意見を上申しその実現されるよう努力するの誠実さに欠けていた遺憾の点はあるがそれはまた別の問題である」と論じ恰も被告人が本件劇薬ヌペルカインに施した標示の違反行為がひとえに上司の指揮監督上の責任に帰属し被告人自身の如何とも為し難い原因に起因するものの如く判示したのはまことに失当と云わなければならない。以上諸般の理由により原審が被告人三浦に対する薬事法第三十五条違反の訴因につき行つた判断は違法であり同違法は判決の結果に影響を及ぼすから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

論旨第二点について、

本論旨の趣旨は被告人三浦貞治に対する公訴事実中薬事法第三十九条第一項違反(起訴状並に本論旨は薬事法第三十九条第二号と記載するも上記条項の誤記と認める)の訴因の対象としたのは「三浦が昭和二十六年八月一日製剤した葡萄糖注射液在中のコルベン容器数本と劇薬である三%ヌペルカイン在中のコルベンを同一滅菌器に入れ翌二日まで放置した」事実であるのに原判決は「被告人笠島が右二種の薬品を滅菌器から取出し同一戸棚に整理した」事実を右訴因の対象事実と即断して、輙く検察官の訴因を排斥したのは審判の請求をした事実について判決をしない違法があるというのである。しかし起訴状の記載を精査するも右薬事法違反の訴因は右前者の事実のみに限定して構成記述せられたものと断定するには多少の不安を存し、或は後者の事実をも包含する趣旨でないかの疑を容れる余地がないでもないのであるから原判決が後者の事実につき所論のような判断を示したことを以て釈明権不行使の非難を免れ難いことは兎も角原審一方の速断のみに帰するのは正当ではない。そして原判決が右薬事法第三十九条違反の訴因排斥に示した判示理由中に「被告人三浦がその製剤中の劇薬三%ヌペルカイン在中のコルベンと葡萄糖注射液在中のコルベンとを同一滅菌器に入れて滅菌したのを翌二日被告人笠島がこれを取り出し云々」の事実を認定判示した上結局右訴因の成立を否定したところから推測すれば右原判決の趣意は「被告人三浦が判示ヌペルカイン在中のコルベンと葡萄糖注射液在中のコルベンとを同一滅菌器に入れた」所為は薬品の滅菌処理であつて貯蔵ではないことを判示したものと認むるを相当とするから原判決は必ずしも所論のように審判の請求を受けた事件について審判をしなかつたものと断言することが出来ない。而して原審において取調べた証拠によれば被告人三浦が判示ヌペルカイン在中コルベンを他のコルベンと共に判示滅菌器に入れたのは其の滅菌処理を目的とし貯蔵の目的でないことが明白であり、又、被告人の原審第一回公判調書の供述記載によればこれを翌朝迄滅菌器中に存置したことも亦右処理の効果をより完全にする目的であつたと云うのであるから同被告人が、右ヌペルカイン在中コルベンを他薬のコルベンと共に滅菌器に混入して翌朝まで存置した行為をもつて薬事法第三十九条にいわゆる貯蔵の意思をもつてしたものと断定するに由がないものと云わなければならない。それ故原審の所論訴因に関する判断は結局正当に帰し本論旨は採用することが出来ない。

論旨第三点について、

原判決は本件公訴事実中被告人三浦貞治並に笠島希代枝に対する業務上過失致死の各訴因においてそれぞれ当該被告人の過失を構成する素材として主張せられた事実を起訴状通りに認定しながら論旨摘録の如き理由の下に右被告人らの過失行為は同行為と被告人斎藤すゞ子の過失行為との間に介入した看護婦岩佐君子の行為によつて「補足、是正」(中断)せられたものとし、その後斎藤すゞ子が内科処置台にあつた三%ヌペルカイン入一〇〇c.c.コルベンを過つて葡萄糖注射液と速断してこれを注射器に詰め同人外一名により患者森下実、大関茂に注射して死亡せしめた結果と被告人三浦、笠島両名の右過失行為との間には相当因果関係がないものと断定し両名の責任を否定したものである。そこで原判決が右相当因果関係否定の根拠と為す看護婦岩佐君子の行為を其の者の直接の前者である被告人笠島の行為及び其の者の直接の後者である被告人斎藤の行為とのそれぞれの連関において検討すべく、司法警察員及び検察官の各面前における三浦貞治、岩佐君子、京藤恵美子、笠島希代枝、斎藤すゞ子の各供述調書中の記載、原審証人岩佐君子、同京藤恵美子に対する尋問調書中の供述記載並に司法警察員の実況見聞調書及び原審検証の結果を総合すると被告人三浦貞治の調製した三%ヌペルカイン液一〇〇c.c.入コルベンを過つて葡萄糖入コルベンと誤信した被告人笠島がこれを主任医師の処方箋に基き患者に対する葡萄糖注射液一〇〇c.c.を請求する内科病棟看護婦岩佐君子に交付し岩佐も又これを過つて自己の請求した葡萄糖入コルベンと誤信して病棟に持ち来り、内科病棟処置室の処置台の上に一旦置いて他用の後患者に対する葡萄糖注射の為め処置台のところへ立ち戻り注射器に詰めんとして偶々右容器の品名に気着きその三%ヌペルカインなることを知つたが、内科病棟処置室の処置台にかような劇薬の存することの不審の余り、尚自己が誤つて持参した事実にも想到せず、「ああこんなものどうしたんだろう、レントゲンの気管透視にでも使うのか」と思いそのまま処置台の隅に片寄せたのみで放置した為め、その後に病棟の受持患者に対する葡萄糖注射の準備に来室した被告人斎藤は同所が常に病棟患者に対する注射液充薬の為各看護婦共用の場所であつて処置台上に注射液の容器が置かれる外ヌペルカインなどの劇薬が放置せられた例が絶無であつたところから葡萄糖注射液と同様の容器、標示を具え且つ共に無色透明な同一の外観を有する前記コルベン入りヌペルカイン溶液をその薬品名の記載に注意することも忘れ葡萄糖注射液と速断して其の内約六〇c.c.を二〇c.c.入注射器三本に詰めて外一名の看護婦と共に受持病室に持参して前記入院患者二名に注射して同人等を即時絶命せしめたものである事実が認定せられる。故に右認定事実によれば原判決の判示岩佐君子の行為は何等同人の前者の過失行為を「補足し是正」するに足るものではなく却つて前者の過失行為の発展の危険を更に過失によつて維持増大せしめたものと見なければならない。

されば、原判決が右岩佐君子の行為により被告人三浦及び斎藤の過失が治癒されたものと解し森下実外一名の致死の結果に対する右両名の責任を輙く否定したのは因果関係の存否に関する重大な事実を誤認したものであると云わなければならない。

よつて更に前掲各証拠に竹越忠守の司法警察員及検察官に対する供述調書を総合して被告人三浦貞治並に笠島希代枝についての過失行為の内容と其の後者の過失行為に与えた影響力を検討するに、

一、三浦被告人は昭和二十六年八月一日国立鯖江病院勤務の薬剤師として同病院薬剤科製剤室において葡萄糖注射液六・五〇〇c.c.外数種の薬剤と共に同病院耳鼻科に使用する三%ヌペルカイン溶液一〇〇c.c.を調製したこと。

二、古ヌペルカインは薬事法上の名称をプチルオキシシンコニン酸ヂエチルエチレンヂアミドと称せられる指定劇薬であるから外見上一見してそれと判明し得るよう他薬と紛れ易い容器を避け又、容器には薬事法の要求に従い赤枠赤字を以て品名及び「劇」の字を記載した標示紙を貼付し且つ他の物と区別して貯蔵又は陳列して他薬との混同誤認を生じないよう注意する業務上の義務があり特に多人数が職務を分担して勤務する病院薬局においては其の義務が一段と厳格に要請されること。

三、被告人は右業務上の注意義務を怠り其の製剤した前記三%ヌペルカイン溶液一〇〇c.c.を同時製剤の葡萄糖液と同型の一〇〇入c.c.コルベン容器に詰めて同様の封緘を為し且つ葡萄糖注射液に施した標示と同色同型の標示紙に青インクを以て「三%ヌペルカイン」と記入して容器に貼付し、これを古葡萄糖注射液在中の一〇〇c.c.入コルベン容器十数本外数種の薬品容器と共に滅菌の為め同一の滅菌器に入れて翌二日まで存置したこと。

四、右ヌペルカインと葡萄糖注射液は共に無色透明で外観上両者を全く識別し得ないものであること。

五、翌二日午前九時三十分頃薬剤科勤務の事務員で病棟勤務の看護婦に対しその持参する主任医師の処方箋に基き葡萄糖、ザルブロ、リンゲル、ホモスルフアミインの各注射液を引渡す任務を負うていた被告人笠島希代枝が前記滅菌器内にある薬品全部を取出し其の中前記ヌペルカイン入容器の混在に気付かず一〇〇c.c.入コルベインは全部葡萄糖注射液と誤認して所定の製剤室薬品棚に他薬と共に混在せしめたままこれを格納したこと。

六、被告人は右滅菌器に他薬と混入してヌペルカインを滅菌して置いたことを不注意にも忘却していたため右笠島の行為を現認し乍ら、笠島の労を謝するのみで何ら右ヌペルカインが他薬と混在すること特に容器、標紙封緘、及び内容物の外観が全く同一の葡萄糖液と混在することの危険に想到しなかつたこと、従つて又右ヌペルカインを劇薬の保管場所に定められていた製剤室調剤台の側面扉内に蔵置することを怠る過ちを犯したこと。

七、被告人笠島は前記六記載の行為の後次いで右ヌペルカインを葡萄糖注射液と誤信したまま他の真正な葡萄糖液数本と共に前記格納場所から取出して薬剤科事務室の自席にある薬品戸棚に持参した上前記説示の経過によりこれを其の後者に交付し順次各人の過失が連帯結合して前記患者を死に致したこと。

以上の事実が明白に認定せられるから被告人三浦並びに笠島の右各過失行為と右被害者の致死の結果との間に因果関係の成立を十分に認めることが出来ると云わなければならない。よつて原判決はこの点でも破棄を免れない。論旨は理由がある。

論旨第四点について、

しかし本件諸般の情状に徴して考察すれば被告人斎藤すゞ子に対し原判決が禁錮十月を量定し刑の執行を猶予したことをもつて所論のように量刑寛大に失するものとは云うことが出来ない。論旨は採用出来ない。

被告人斎藤すゞ子の弁護人高田利広外二名の控訴趣意書記載論旨

第一点及び第二点について、

所論証人の供述並に厚生省医務局長作成の調査報告書及びその附属の看護婦実習教本抜萃によれば看護婦学校における教育の教程には静脈注射は医師自ら行うべきもので看護婦はこれを補助するに止まるべきものとの考の下に其の技術上の実習指導を行つていないことが認められるから右教育の方針は静脈注射をもつて医師の具える医学的知識と技術によるのでなければ患者の身体に危害を及ぼす虞れのある行為と認める観念に立脚していることは明かである。しかし看護婦は保健婦助産婦看護婦法第五条第六条第三十七条の各規定に徴すれば主治の医師の指示する範囲において其の診療の補助者として、傷病者に対し診療機械を使用し、医薬品を授与し、又は医薬品について指示し及びその他の医師の行うことの出来る行為をすることが許されているものと解すべきであるから、看護婦が医師の指示により静脈注射を為すことは当然その業務上の行為であると云わなければならない。故に原判決が被告人斎藤看護婦が患者森下実外一名の主治医佐部政幸の処方箋による指示により右患者等に葡萄糖液の静脈注射を行うため注射器に注射液を充填した上北川看護婦と共に各自右患者等の静脈血管に注射器内の液体を注入したことをもつて一連の業務行為と認める趣旨を判示したことは正当であり原判決には所論のような虚無証拠による事実の認定や事実の誤認、理由不備又は理由齟齬などの違法はない。論旨は理由がない。

第三点について、

原判決を精読すれば所論斎藤すず子の行為の日時及び場所は十分に諒知し得られる。所論は理由がない。

第四点について、

原判決挙示の証拠を検討すれば被告人斎藤すゞ子の原判示過失行為は十分に之を認定し得るから所論は採るに足らない。

第五点について、

被告人斎藤は入院患者の森下実外一名の主治医佐部政幸の指示により其の処方箋に基く葡萄糖注射を為すに当り過つて注射器に三%ヌペルカイン液を詰め北川看護婦と共に右患者等に注射して同人らを死に致した事実が同被告人について業務上の過失致死罪を構成することは前記各論旨に対し解説した通りである。所論は医師佐部政幸が自ら為すべき注射を看護婦に命じてその為すままに放任したことの責任を追求することにのみ急であつて、容器の品名を一見するのみで薬液の誤認を避け得た被告人斎藤の注意義務違反の責任については甚だ寛大に失するうらみがある。殊に右患者の死亡は病院において調剤、診療補助の業務に従事し薬品を取扱う者の普通に遵守すべき注意義務に違反した薬品取扱上の過失責任の複合に基因したもので医師の処方箋上の過失や注射施行者の技術上の過失に因るものでないのであるから、本件に関する限り医師佐部政幸の責任を負う余地は殆んどないものと云わなければならない。所論は採用することができない。

第六点について、

原判決が、被告人三浦貞治、同笠島希代枝の責任を否定したことが誤りであることは検察官の控訴論旨について述べた通りであるが、さればといつて、右両被告人の過失責任を援用して被告人斎藤の過失を否定する所論の当らないことは既に説述したところにより明白である。所論は採るに値しない。

第七点について、

所論の点について被告人斎藤とその余の被告人両名との間に利害相反の関係が認められるにしても原審において各被告人は弁護士米沢庄次郎を共同の弁護人に選任し各自の訴訟行為を同弁護人に委任しているのであるから、同弁護人は各被告人を代理して適法に訴訟活動を行うことを得るのは当然である。偶々同弁護人の主張や立証が、被告人斎藤に不利益で他の被告人に有利に傾くことがあつたとしても、これが為め被告人斎藤に弁護人を附さないで公判手続を続行したこととなるものではない。所論は理由がない。

第八点について、

記録を精査し諸般の情状に照らして考察すれば被告人斎藤に対し原審が禁錮十月を量定したことは決して過重ではない。殊に原審は右刑に期間二年の執行猶予を与えているのであるから十分にその情状を酌量しているのである。論旨は理由がない。

被告人斎藤の弁護人神保泰一の控訴趣意書記載論旨について、

所論の諸点はよく記録に現われているところであるが、多く情状に亘る事柄であつて、それら事実の凡てをもつても尚お斎藤被告人が注射器に充薬するに際し取るべき薬液確認の義務違反を如何とも為し難いのであり、所論は採用することが出来ない。

以上の次第であるから検察官の被告人斎藤すゞ子に対する控訴並に同被告人の控訴はいずれも理由がないものとして刑事訴訟法第三百九十六条によりそれぞれこれを棄却し検察官の被告人三浦貞治及び同笠島希代枝に対する控訴は理由があるので刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書により原判決中同被告人らに関する部分を破棄し更に当裁判所において次の通り被告事件について審理判決する。

(罪となる事実)

第一、被告人三浦貞治は国立鯖江病院薬剤科に勤務し薬剤師として院内における医薬品の調製保管調剤及び交付の業務を担当していたものであるが昭和二十六年八月一日右病院製剤室において葡萄糖注射液六、五〇〇c.c.外数種の薬剤と共に同病院耳鼻科に使用する三%ヌペルカイン溶液一〇〇c.c.を調製したところ、右ヌペルカインは薬事法上の名称をブチルオキシシンコニン酸ヂエチルエチレンヂアミドと称する劇薬であるから外見上一見してそれと認識し得るよう他薬と紛れ易い容器を避け又容器には薬事法の要求に従い赤枠赤字をもつて品名及び「劇」の字を記載した標示紙を貼付し且つ他の物と区別して貯蔵又は陳列して他薬との混同誤認を生じないよう措置すべき業務上の注意義務があり特に多人数が職務を分担勤務する病院の薬局においては右の義務は一段厳格な規律を要請されるところであるのに被告人はこれを怠り其の製剤した前記三%ヌペルカインを同時製剤の葡萄糖注射液(両者は共に無色透明で外観上これを識別出来ない)と共に同型同大の一〇〇c.c.入コルベン容器に詰めて同様の封緘を為し且つ薬事法第三十五条の要求に違反して葡萄糖注射液に施したと同様の青枠白地の用紙に青インクをもつて「三%ヌペルカイン」と記入したのみの標示紙を容器の右同様部位に貼付した上滅菌の為め右葡萄糖注射液一〇〇c.c.入コルベン容器もろとも同日午後八時過頃から翌二日朝まで同一の滅菌器に混入存置した為め同朝九時三十分頃薬剤科勤務の事務員上司である被告人等薬剤師の業務を補助し各科看護婦に対する葡萄糖などの注射液引渡の事務を担当していた笠島希代枝被告が其の事務遂行に必要な葡萄糖注射液の容器を求めて右滅菌器の中を窺い在中の一〇〇c.c.入コルベン容器を全部葡萄糖注射液と信じたため一括これを取り出して普通薬を貯蔵する製剤室薬品棚に納めもつて右ヌペルカイン入容器を他薬の葡萄糖注射液の容器などと共に混蔵せしめるに至つたのであるが、被告人は右滅菌器に他薬と混入してヌペルカインの三%溶液を滅菌して置いたことを不注意にも忘却しており右笠島の行為を現認しながら同人に対しその労を謝するのみで何ら右劇薬が他薬と混在して陳列せらること特に容器、標紙、封緘、及び内容液の外観が全く同一である葡萄糖液と混在することの危険に想到することなく漫然笠島被告の右過失行為を看却すると共に右ヌペルカイン容器を所定の劇薬格納場所に蔵置する措置を忘失し、因つて笠島被告において右ヌペルカイン容器を葡萄糖注射液と誤信したまま同日午前病棟看護婦岩佐君子に対しこれを葡萄糖注射薬として交付した為め岩佐君子もこれを葡萄糖注射液と誤信して何ら劇薬ヌペルカインを必要とせず又その取扱の例のない内科病棟処置室に持ち運び看護婦等により注射液の充薬などに共用せられる同室処置台の上に置いたので、更にその外観により同様これを葡萄糖注射液と誤認した斎藤被告は二〇c.c.注射器三本に詰めてその内の二本を看護婦北川仁子と共に一本宛携行して病棟内受持病室に到り各自入院患者森下実と大関茂に対しその静脈血管内に注射しこれが為め右両名を同日午後一時十五分頃ヌペルカイン中毒により死に致したのであり、該中毒死は被告人の前記諸般の業務上の注意義務違反の過失行為がその後者等の過失と連結して惹起したものである。

第二、被告人笠島希代枝は右国立鯖江病院薬剤科に事務員として勤務し、科長竹越忠守の指揮監督の下に薬剤科所管業務の内薬剤に関する文書整理並びに主治医師の処方箋により各科看護婦から要求せられる薬品交付などの事務を担任していたものであるが前記日時薬剤科事務室において内科病棟看護婦岩佐君子より葡萄糖注射液の交付を求められた際薬品を取扱う事務に従事する者としてその引渡す薬品が、要求を受けた薬品に相違ないかどうかを標示紙に記入せられた薬品名などにより確認し危害を未然に防止すべき義務があるに拘らず之を怠り容器、封緘、標止紙、内容液などの外観が同一であることから漫然三%ヌペルカイン液一〇〇c.c.在中の容器コルベインを葡萄糖注射液在中のコルベインなるが如く軽信して右岩佐に交付した結果前記経緯により看護婦斎藤すず子被告においてもこれを葡萄糖注射液であるものと速断して注射器に詰め看護婦北川仁子と共に前記二名の患者の静脈血管内に注射し因つて同人等をヌペルカイン中毒により死に致したのであり、同中毒死は被告人の右業務上の注意義務違反の過失行為がその前者並に後者の前記過失と連結して惹起したものである。

(証拠)

以上の事実は検察官の各論旨に対する説示に挙示せられた証拠並に鑑定人竹内真一の死体解剖鑑定書を総合してこれを認むるに十分である。

(法律の適用)

被告人三浦貞治の判示所為中三%ヌペルカイン容器の標示用紙の白地に赤枠、赤字をもつてその品名及「劇」の字を記載しなかつた点は薬事法第二条第十二項、第三十五条第二項、第五十六条、薬事法施行規則第二十七条及その別表第一号罰金等臨時措置法第二条第一項に、業務上過失致死の点は刑法第二百十一条前段罰金等臨時措置法第二条第一項にそれぞれ該当するところ右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により其の中重い薬事法第三十五条違反罪の刑に従い所定則中懲役刑を選択し所定刑期範囲内で同被告人を懲役十月に処し諸般の犯情を憫諒し刑法第二十五条に因り右刑の執行を二年間猶予することにする。

次に被告人笠島の判示所為は刑法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するところ所定刑中罰金刑を選択し所定罰金額の範囲内で同被告人を罰金三千円に処し同罰金不完納の場合の労役場留置期間を刑法第十八条に従い主文の通り定める。

尚お国選弁護人荒谷昇に支給した訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により被告人両名の平等負担とする。

尚お被告人三浦貞治に対する本件公訴事実中薬事法第三十九条違反の点はその犯罪の証明がないこと前記検察官論旨第二点に対する判断において示した通りであるから同事実については同被告人は無罪であるが、右訴因は同被告人に対するその余の事実と一所為数法の関係で起訴せられたものであるから主文において特に無罪の言渡をしない。

そこで主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

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